「大根そば」200年ぶりに再現


 大根そばを新しい名物に(下の赤椀)

 群馬県館林市と市観光協会は22日、江戸時代のレシピ本に「上州館林名物」として載っていた大根そばを約200年ぶりに再現した。

 館林の名物はうどんだが、市内のそば店は細切り大根を混ぜたそばも出している。目をつけた市花のまち観光課係長田島敏邦さん(52)が、名物に出来ないか思案する中、1785年刊行の「諸国名産大根料理秘伝抄」に、「大根 蕎麦 ( そば ) 」と書かれたレシピを見つけた。

 細切り大根にそば粉をまぶして煮た後、だし汁をかける。田島さんは昨年暮れ、精進料理に詳しい同市当郷町、善長寺副住職前山文伸さん(35)に再現を持ちかけた。

 この日、前山さんが調理して寺への観光客約30人に振る舞った。かめば歯切れの良い大根のさくさく感と、そばの舌触り双方が味わえる逸品。市内の主婦(78)は「大根の風味を感じられておいしい」と話していた。

 市は新たな名物にと意気込んでおり、「観光イベントで試供品として出し、PRしたい」としている。


[ 2010年1月24日 (読売新聞)
  

2010年02月06日 Posted by かるの at 21:18Comments(0)TrackBack(0)地方文化

<泉鏡花>「摩耶夫人像」遺族が松竹に寄贈


 幻想的な作風で人気を博した作家の泉鏡花(1873~1939年)が愛した「摩耶夫人(まやぶにん)像」が、遺族から松竹に寄贈された。歌舞伎女形の坂東玉三郎さんが松竹経営の歌舞伎座(東京都中央区)で度々、鏡花原作の舞台に出演してきたため。松竹は公開方法を検討している。

 摩耶夫人は釈迦(しゃか)を産むとすぐに亡くなったとされる女性。鏡花は9歳で母を亡くした翌年、行善寺(石川県白山市)の摩耶夫人像を見て母の面影を重ねたという。後には仏師に像を作らせ、厨子(ずし)におさめて慈しみ、生涯にわたって信仰した。そのいきさつを小説の「夫人利生記」(1924年7月発表)にも記している。

 像は鏡花のめいで養女の名月さん(2008年死去)に引き継がれた。名月さんは、玉三郎さんが出演した鏡花原作の舞台「天守物語」「海神別荘」「夜叉ケ池」などに敬意を払っていた。そのため、遺族が松竹への寄贈を決めた。

 像は約25センチ。色鮮やかで、懐に赤ん坊の釈迦を抱えている。

 1月末に対面した玉三郎さんは
 「繊細で親しみやすい像ですね。鏡花先生が執筆の際におそばに置いていらしたお気持ちもよく分かります。大切に保管してほしい」
と語った。【小玉祥子】


[毎日新聞2月3日]
  

2010年02月06日 Posted by かるの at 09:17Comments(0)TrackBack(0)文化財保護