<核密約>米国が64年に再確認要求 日本側発言を受け


 核兵器を搭載した米艦船の日本への寄港などを事前協議の対象にしない日米の「核持ち込み密約」に反し、日本の閣僚が1964年9月、寄港を事前協議の対象とすると相次いで発言したことを米政府が問題視し、自民党有力者の大平正芳氏と密約内容を再確認していたことが、米公文書から明らかになった。

 国際問題研究者の新原昭治さん(78)らが米公文書館の解禁文書を入手した。

 60年の日米安全保障条約の改定で、核兵器の日本への持ち込みは事前協議の対象とされた。しかし、実際には核搭載艦船の寄港、領海通過などを容認し、事前協議の対象としないことが秘密裏に合意されていた。63年4月にはライシャワー駐日大使と大平外相が密約内容を確認している。

 大平氏は64年7月に内閣改造で外相を退任。9月4日付の米国務省極秘文書によると、椎名悦三郎外相や小泉純也防衛庁長官、鈴木善幸官房長官が9月1~3日の国会答弁や記者会見で「核兵器搭載艦船の寄港は事前協議の対象」としたことを問題視。「秘密了解と明らかに矛盾している」として、「日本政府の可能な限り最高レベルに対し、米国の深刻な懸念を表明するよう求める訓令が発せられた」としている。

 これを受け、ライシャワー大使が9月26日に自民党筆頭副幹事長に就任していた大平氏と協議したことが、後任駐日大使が米国務長官にあてた68年1月26日付の機密電報に記されていた。【足立旬子】


[毎日新聞11月2日]


2009年11月11日 Posted byかるの at 09:17 │Comments(0)TrackBack(0)近現代史

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