国登録文化財取り壊しへ…東京・立川

かるの

2012年11月04日 14:14

年内に取り壊される旧梅田診療所

 国登録有形文化財「旧梅田診療所」(東京都立川市高松町)が、年内に取り壊されることになった。

 所有者が経済的な理由で維持管理は困難と判断したのだ。レトロな外観から、観月ありささん主演の映画「ベイビィベイビィベイビィ!」や、鈴木京香さんが母親役のドラマ「理想の息子」などのロケ地にもなった昭和初期の建築物は80年以上も姿を変えずに街に溶け込んできただけに、取り壊しを惜しむ声もある。全国でも登録文化財の解体が相次いでおり、行政による支援拡充が望まれる。

 旧梅田診療所は1929年、当時の砂川村出身の梅田市作さんが開業するために建設された。木造平屋で、正面には急勾配の切り妻屋根の玄関ポーチがあり、中は診療室や待合室、応接室などに区切られている。市作さんの孫である光則さん(52)によると、今まで大規模な改装工事はしたことがなく、瓦や窓枠も建築当時のものだという。

 市作さんの死後、この診療所で光則さんの父隆久さんが93年まで歯科医院を経営し、光則さんの叔父も同じ敷地内で産婦人科医院を開業するなど、約70年間にわたって地域医療を支えてきた。隆久さんは昨春に亡くなり、現在は自営業の光則さんが、自宅兼仕事場として利用している。

 有形文化財に登録されたのは、2004年3月。隆久さんが、診療所前で趣味のスケッチをしていた日野市の建築士・酒井哲さん(42)と懇意になり、登録を勧められた。酒井さんは、「戦前の面影がほとんど残っていない立川駅近くに、このような建物があることに感動した」と話す。

 ところが、隆久さんが亡くなって以降、隆久さんが負担していた年間で150万円を超える土地の賃料や、今後予測される改修費などを誰が担うのかといった経済的な問題が表面化。家族で話し合った結果、土地を買い取り、更地にした上で不動産業者に貸すことになった。来年にはマンションの着工が予定されている。

 登録文化財の制度は1996年に導入されたが、近年、解体が全国で相次いでいる。文化庁によると、これまで解体などを理由に登録を抹消したのは67件。同庁担当者は「所有者の高齢化による継ぎ手不足や経済的負担を理由にしたケースが多い」と話す。

 重要文化財は、譲渡の際の報告義務があるなど厳しい規制がある半面、〈1〉国が修理費の最大85%を助成〈2〉固定資産税の非課税〈3〉相続税の評価額を70%控除――など所有者を支援する補助制度が充実している。

 一方、登録文化財は〈1〉家屋の固定資産税を2分の1に軽減〈2〉相続税の評価額を30%控除――など税制上の優遇措置はあるが、修理の場合、助成されるのは設計費の半分のみ。規制が緩い代わり、所有者の努力で維持管理することが原則だ。

 光則さんも保存の道を模索したが、「移築する資金や場所もなく、断腸の思いで決断した」と打ち明ける。立川市では登録有形文化財は診療所を含めて2件。市文化財係の担当者も「その一つがなくなることは残念」と話す。また、解体を知った近所の人たちからは「残念だ」との声が寄せられているという。
「共有の財産」意識高めて 個人での維持に限界

  文化財の保護に詳しい山形大の永井康雄教授は、「登録文化財は、所有者の家族構成や経済状況の変化に伴い、個人で維持するのが困難な状況にある。自治体単位での補助を広げるためには、『歴史的建造物が、地域共有の財産である』という意識を高めることが必要だ」と話している。(蔵本早織)


(2012年10月25日 読売新聞)

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