「大正の館」復興の象徴に 矢吹で再利用

復興のシンボルとして生まれ変わる「大正ロマンの館」=矢吹町本町
「大正の館」復興の象徴に 矢吹で再利用
 ●全壊判定→東大研究所の協力で有志ら再生

 矢吹町の駅前商店街にある大正時代の名残をとどめる洋館が、復興のシンボルになりつつある。東日本大震災で被災、解体の危機もあったが、県内外の有志の努力で再生への道のりを踏み出した。大正、昭和の風雪をしのぎ、震災にも耐えた洋館が町の人たちの心のよりどころになろうとしている。

 駅前はかつては町の中心部として洋風建築の役場や学校、銀行が並び、モダンな町並みを形成していた。時代の流れの中、唯一残ったのが「大正ロマンの館」と名付けられた、この洋館だ。

 1920(大正9)年、中国の作家・魯迅とも親交があったという屋形貞氏が診療所として建てた。木造2階建て、板張りの白亜の外観と、建物から突き出た正面玄関が風格を感じさせた。屋形氏の死後、あとを継いだ医師がしばらくは診療を続けたが、60年代後半からは無人となった。

 震災で、町では全世帯の半数を超す約3500戸が被災した。住居の取り壊しが相次ぎ、洋館も玄関や門柱が崩壊。倒壊は免れたものの、町の調査で全壊と判定され、所有者も解体を決意した。

 洋館向かいの幕末創業の造り酒屋「大木代吉本店」の3代目の大木代吉さん(75)が「幼いころから見てきた洋館。解体は忍びない」。全壊扱いだった店も柱を増やして補強、営業を続けるため、店の修復を頼んだ建築士に相談したところ、東大生産技術研究所に洋館のことが伝わった。

 木造建築物の耐震補強などを専門とする腰原幹雄教授(木質構造学)らは協力を快諾。ボランティアと一緒に館内の大そうじやがれきを撤去し、土台や柱の交換、防腐や防水処理を施す技術面で協力して応急補強を進めた。新築木造住宅並みの耐震強度で、洋館はよみがえった。

 基礎の補強や外壁の補修、しっくい仕上げの内装や玄関の復旧……。往時の姿を取り戻すには、まだ手がかかる。それでも洋館の再生を早く、広く知ってもらおうと記念写真展「矢吹百年百景」を16日まで開いている。震災前の館の姿、修復作業が解説付きで追うことができる。

 「大正ロマンの館」を利用する企画は商店主や町職員、研究所の有志らが立ち上げた市民団体が進める。

 「目に見える形の復興で、沈んだまちを必ず立ち直らせる」。代表を務める大木さんの思いは熱い。 
    (小沢邦男)


2012年07月15日



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2012年07月21日 Posted byかるの at 14:15 │Comments(0)文化財保護

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