浅野温子さん 出雲神話ロングラン読み語り



 「古事記」の語り部として活躍している女優の浅野温子さんが、出雲神話にも登場する斐伊川の右岸沿いにある万九千(まんくせん)神社(島根県出雲市)で、ヤマタノオロチ神話の読み語りを行った。

 浅野さんは、古事記編纂(へんさん)1300年を記念して開かれる「神話博しまね」(7月21日~11月11日)で映像館のナレーションや神話講座を担当する。

 住民や神社関係者が見守るなか、浅野さんはスサノオノミコトがヤマタノオロチを退治する場面などを情感を込めながら約2時間かけて読み上げた。

 旅人としても出雲大社や須佐神社などを訪れたことのある浅野さんは
 「出雲では日本人の心をゆさぶる神話をリアリティーをもって語れる」
と満足そうだった。


(2012年4月29日- 産経新聞)
  

2012年05月17日 Posted by かるの at 14:16Comments(0)TrackBack(0)歴史イベント

和と鎮魂祈る「梵字殿堂」、東洋文化・言語の源泉 山梨で



 サンスクリット(梵語=ぼんご)を表記する文字の一つ「悉曇(しったん)梵字」の研究家で、国際梵字仏(ぼんじぶつ)協会会長の窪田成円(じょうえん)さん(72)=山梨県甲斐市竜王新町=が、平和や鎮魂を祈って創作した自身の梵字作品を展示する「梵字殿堂」を自宅敷地内に完成させ、今春から一般公開している。「無心になって祈る。梵字そのものに祈りの力がある。“梵字ミュージアム”として親しみを持たれる存在にしたい」。窪田さんはそう話している。

 梵字は一字一字が仏を象徴するとされ、仏教とともに日本に伝来した。のちの平安時代に真言宗の開祖、空海らが悉曇梵語の多数の経典を唐から持ち帰り、梵字を唱える言葉「真言」として世に広まったという。

 窪田さんは、旧敷島町(現甲斐市)出身の叔父で梵字研究家だった故三井●(=大の下に周の旧字体)円(ちょうえん)さんを手伝ううちに自身も研究に没頭。以来、35年間も梵字の普及に努めてきた。

 完成した梵字殿堂は平屋建てで約75平方メートルの広さ。世界や日本の平和を祈る「梵字曼荼羅(まんだら)」や、梵字で書かれた「梵文般若心経(はんにゃしんぎょう)」などを展示。災害消滅に功徳があるとされる「孔雀(くじゃく)明王」は、東日本大震災後に鎮魂の思いを込めて書かれた。これまで創作した主だった作品と、三井さん直筆の約10点の計約50点を紹介している。

 「毘沙門天(びしゃもんてん)」を意味する梵字が窪田さんの手で書かれ、NHK大河ドラマ「風林火山」で使われた戦国武将、武田信玄の軍配の複製も展示。作品は岩絵の具で下絵を描き、おもに墨で梵字を記したという。

 窪田さんは「梵字は東洋文化、言語の源泉」とし、「信玄公も梵字の持つ力を知っていたのでしょう。研究を深めるほど東洋文化の尊さを痛感します」と話す。インドのサンスクリット大学の名誉文学博士で、NHK学園やNHK文化センターで梵字講師も務めている。

 水晶梵字守護仏、簿んじいりTシャツなどお守りグッズも販売している。鑑賞希望の人は必ず電話で予約する。予約、問い合わせは(電話)055・276・9276。


(2012年5月4日- 産経新聞)
  

2012年05月16日 Posted by かるの at 14:08Comments(0)TrackBack(0)歴史を学ぶ

福井県越前市・日野神社

 ある時は信仰の場であり、ある時には教育の場であり、ある時には経済の場である。
 神社にはその土地の歴史が詰まっている・・・。
 ここでは私が尋ねた神社を紹介します。




 日野神社は福井県越前市中平吹町茶端80-1に座する、式内社に推定される旧郷社の神社である。



 祭神は継体天皇・安閑天皇・宣化天皇





 「日野神社の古代神楽」が市の無形民俗文化財に指定されている。



 例大祭は4月25日・8月23日~25日

 

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2012年05月15日 Posted by かるの at 14:04Comments(0)TrackBack(0)神社探訪

世阿弥自筆本の能、復曲上演 580年ぶり「阿古屋松」



 世阿弥が記し、その存在は知られながら上演が途絶えていた能「阿古屋松」が27日、東京・千駄ケ谷の国立能楽堂で上演された。同能楽堂によると、約580年ぶりの復曲となる。世阿弥の自筆本は11曲残っており、「阿古屋松」など4曲が観世宗家に伝わる。観世文庫が所蔵する自筆本(重要文化財)を基に、一から復曲作業をしたという。


(2012年4月27日- 共同通信)
  

2012年05月14日 Posted by かるの at 14:17Comments(0)TrackBack(0)歴史イベント

西南戦争で政府軍略奪の太刀、134年ぶり返還



 1877年(明治10年)の西南戦争の際、政府軍兵士に奪われて所在が分からなくなっていた照国神社(鹿児島市照国町)の 儀仗 ( ぎじょう ) 用太刀(刀身の長さ71・7センチ)が東京都内で見つかり、134年ぶりに同神社に返還された。

 太刀は、後に13代将軍・徳川家定の正室となる篤姫(天璋院)を養女に迎えた公卿の近衛 忠煕 ( ただひろ ) が奉納したとされ、警視庁による銃刀法違反事件の捜査で発見された。6月27日まで境内の照国記念館で一般公開されている。

 太刀は1865年(元治2年)、薩摩の刀工で波平宗家63代目の行安が制作。島津家から近衛家に献上された後、忠煕が、親交のあった薩摩藩主・島津斉彬を祭る同神社の創建を祝い、奉納したとされる。


(2012年4月27日- 読売新聞)
  

2012年05月13日 Posted by かるの at 14:16Comments(0)TrackBack(0)文化財保護

神話に描かれた古代日本を振り返る「大出雲展」



 古事記 編纂 ( へんさん ) 1300年を記念し、京都市の京都国立博物館で7月28日~9月9日に開かれる「大出雲展」(島根県、読売新聞社など主催)について、島根県は27日、展示概要を発表した。

 神話に描かれ、古代からこの国の成り立ちとかかわる「出雲」の歴史を約200点で紹介。このうち、国宝は 荒神谷 ( こうじんだに ) 遺跡(同県出雲市)で出土した銅剣や加茂岩倉遺跡(同県雲南市)の 銅鐸 ( どうたく ) 、大須観音(名古屋市中区)に伝わる最古の古事記写本など10件。

 東京国立博物館でも10月10日から11月25日に「出雲―聖地の至宝」が開かれる。

(2012年4月27日- 読売新聞)
  

2012年05月12日 Posted by かるの at 14:16Comments(2)TrackBack(0)歴史を学ぶ

相続税払えず…江戸期民家、府指定文化財を解除



 大阪府教委は、江戸時代初期に建てられた府指定文化財の民家「渡辺邸」(大阪市淀川区)について、文化財の指定を解除した。

 2010年に相続した所有者が相続税や維持費を払えず、建物の解体と土地の売却を希望しているため。

 府教委によると、「渡辺邸」は約2500平方メートルの敷地に母屋のほか、土蔵、納屋などがある。 茅 ( かや ) 葺 ( ぶ ) きの母屋は江戸時代初めの17世紀前半頃の建築とされ、ほかの建物も江戸時代に整備されたとみられている。

 1969年施行の府文化財保護条例では文化財の所有者に保存義務を課しているが、「渡辺邸」は条例制定前の65年に府規則に基づいて指定されていたため保存義務がなかった。今年2月、所有者が指定解除を申請していた。府教委は所有者と保存に向けた協議を行ったが、土地価格が5億円以上のため、府による買い上げは困難だったという。

 府教委文化財保護課は「相続税を理由にした指定解除は聞いたことがないが、保存の手段がなかった」としている。


(2012年4月27日- 読売新聞)
  

2012年05月11日 Posted by かるの at 14:15Comments(0)TrackBack(0)文化財保護

故三浦綾子の随筆集出版 9年ぶり、生誕90年記念



 「氷点」などの小説で知られる作家の故三浦綾子さんの生誕90年を記念し、誕生日に当たる25日、9年ぶりの新作となる随筆集「丘の上の邂逅」(小学館・1470円)が出版された。三浦綾子記念文学館(北海道旭川市)が企画した。生涯のほとんどを過ごした旭川で出会った人々との交流がつづられている。随筆集は、1966~92年に郷土誌や文芸誌に掲載された後、単行本に未収録だった35編をまとめた。


(2012年4月25日- 共同通信)
  

2012年05月10日 Posted by かるの at 14:17Comments(0)TrackBack(0)人物伝

弘前市、国重文東照宮本殿売却へ 破産手続き開始決定



 青森県弘前市の弘前東照宮にある国の重要文化財「東照宮本殿」が競売などで売却される見通しであることが19日、分かった。所有する宗教法人東照宮(弘前市)が、破産手続きの開始決定を受けた。神社本庁(東京)によると、神社の破産は03年の伊勢山皇大神宮(横浜市)以来、全国で2例目。負債総額は2億円以上。先々代の宮司が結婚式場の経営に行き詰まり、多額の負債を抱えたのが原因としている。

(2012年4月19日- 共同通信)
  

2012年05月09日 Posted by かるの at 14:01Comments(0)TrackBack(0)文化財保護

豪快「炮烙割」の舞台に歓声 京都で壬生狂言始まる



 京都市中京区の壬生寺で21日、国の重要無形民俗文化財「壬生狂言」が始まり、舞台から素焼きの皿が落とされる人気演目の「炮烙割」で幕を開けた。市場への出店をめぐって、炮烙売りと太鼓売りが争う筋書き。高さ約3メートルの舞台の手すりには、参拝客が厄よけ祈願で奉納した約千枚の皿が積み上げられた。クライマックスで、皿が次々と落とされると、ガシャガシャと割れる音が起こり、約300人の観客から歓声が上がった。

(2012年4月21日- 共同通信)
  

2012年05月08日 Posted by かるの at 14:16Comments(0)TrackBack(0)民俗行事

厳島神社の大鳥居が破損、広島 暴風で銅板めくれる



 広島県廿日市市宮島町の厳島神社の社殿近くに立つ大鳥居の屋根の一部が今月3日の暴風の影響で破損していたことが17日、分かった。今後、修理作業を進める方針。神社によると、災害による修復は約13年ぶり。神社によると、大鳥居は高さ約16メートルで、檜皮ぶきの屋根を覆う銅板の端の部分約3メートルがめくれていた。神社の職員が3日夕方までに破損を確認。けが人はいなかった。

(2012年4月17日- 共同通信)
  

2012年05月07日 Posted by かるの at 14:15Comments(0)TrackBack(0)文化財保護

宝永地震の津波痕跡20m超 高知県、古文書から推定



 東海・東南海・南海地震が連動した1707年の宝永地震で、高知県に標高20メートル超まで津波が押し寄せていたことが21日、古文書などを基にまとめた県の津波痕跡調査報告書で分かった。内閣府の有識者検討会が公表した南海トラフ巨大地震の予想津波は、中西部の中土佐町で約22メートル。一方、宝永地震では中土佐町で標高20~22メートル、香南市や南国市では標高14~15メートルまで津波が押し寄せたとみられる。


(2012年4月21日- 共同通信)
  

2012年05月06日 Posted by かるの at 14:17Comments(0)TrackBack(0)歴史史料

大阪で翡翠の勾玉が出土 弥生中期、北陸産か



 弥生時代中期の集落跡である大阪府高槻市の成合遺跡で、北陸地方で生産されたとみられる翡翠製の小型勾玉が見つかり、大阪府文化財センターが17日、発表した。同センターによると、翡翠は新潟県の糸魚川周辺で産出するものが縄文―古墳時代にかけ全国各地に運ばれたことが分かっており、これまでに約400点が出土しているが、近畿地方での発見は珍しい。勾玉は淡い緑色に乳白色が入り、長さ1・7センチ、幅1・4センチ。

(2012年4月17日- 共同通信)
  

2012年05月05日 Posted by かるの at 14:17Comments(0)TrackBack(0)考古学(埋蔵文化財)

サムライ末裔?スペインのハポンさんDNA鑑定



 江戸時代初期に渡欧したサムライの 末裔 ( まつえい ) ではないかと言われる「ハポン(Japo´n)」の姓を持つスペイン人のDNA鑑定を行い、日本との関係を探る研究プロジェクトが、近く始まる。

 スペイン語で「日本」を意味する「ハポン」姓を持つ人は、スペイン南部セビリア近郊の町コリア・デル・リオとその周辺に約800人が住んでいる。サムライの末裔と言われるのは、〈1〉1614年にスペインに到着した「慶長遣欧使節」一行が同町に一時滞在した〈2〉古文書に「ハポン」姓が出現するのは、一行が去ってから数十年後から――などの理由からだ。

 地元の郷土史家が「サムライの子孫」説を提起していることは、1992年のセビリア万博の数年前から日本でも知れ渡り、関心を集めるようになった。


(2012年4月11日- 読売新聞)
  

2012年05月04日 Posted by かるの at 14:14Comments(0)TrackBack(0)海外

1300年ぶり出身地に納骨 古事記編纂の太安万侶 奈良



 古事記編纂(へんさん)から今年で1300年となるのを記念し、編纂した太安万侶(おおのやすまろ)の出身地・奈良県田原本町の多(おお)神社は15日、安万侶の遺骨を分骨し、出身地の古墳に1300年ぶりに納骨すると発表した。

 命日の7月6日に納骨し、追悼碑などを建てる計画。安万侶の末裔(まつえい)という多忠記(ただふみ)宮司(68)は「偉業が見直されるきっかけになれば」と話している。

 安万侶は古事記を編纂した奈良時代の役人。現在の田原本町多地区を本拠とする豪族の子孫とされ、多宮司は安万侶の末裔にあたるという。

 昭和54年に奈良市内で安万侶の墓が見つかり、遺骨は近くの寺で保管されていた。古事記編纂1300年を機に、多宮司が分骨を依頼し、遺骨の一部を譲り受けた。

 多神社の東約1キロの近鉄橿原線近くの畑には、直径約8メートル、高さ1・5メートルの小山状の古墳があり、地元では安万侶の遺品を納めたとの伝承がある。

 多宮司は、この古墳の周囲に石垣を整備し、安万侶の名を刻んだ追悼碑などを建てる計画。安万侶の命日に「納骨の儀」を営むという。

 多宮司は「1300年ぶりに里帰りされ、太安万侶も喜ばれるはず」と話している。


(2012年4月15日- 産経新聞)
  

2012年05月03日 Posted by かるの at 14:17Comments(0)TrackBack(0)人物伝

南海地震 平安遷都前後にも発生か 歴史書に記述発見



 平安京遷都前後の794年、南海トラフで巨大な地震が発生したことを示唆する歴史書の記述を岡山大大学院社会文化科学研究科の今津勝紀准教授(日本古代史)が見つけ、17日発表した。当時から約100年周期で南海地震が起こっていた可能性が高く、今津准教授は
 「南海地震の発生周期を推定する1つの指標となる」
としている。

 南海地震は1605年以降、約100年周期で発生している。だが、それ以前は詳細な記録が残っておらず、平安時代前後は684年と887年に発生し、203年の間隔が空いているとされてきた。

 今津准教授は歴史書「日本紀略」の中で、794(延暦13)年7月(旧暦)、長岡宮や京阪神地域の役所や民家が揺れ、死者が出たことを示唆する記述を発見した。ほかの歴史書にも、同年に連続して地震が起きたとする記述があったという。

 この2年後には四国を一周する南海道海岸部の道路が廃止されており、今津准教授は
 「南海地震と関連している可能性が高い」
とみている。

 地震の規模や具体的な震源は不明だが、前後の南海地震が大規模だったことから、今津教授は「昭和21年の南海地震(マグニチュード8.0)と同規模だったのでは」と推測している。


(2012年4月17日- 産経新聞)
  

2012年05月02日 Posted by かるの at 14:02Comments(0)TrackBack(0)歴史史料

大阪府茨木市・溝咋神社

 ある時は信仰の場であり、ある時には教育の場であり、ある時には経済の場である。
 神社にはその土地の歴史が詰まっている・・・。
 ここでは私が尋ねた神社を紹介します。




 溝咋神社は大阪府茨木市五十鈴町9-21に座する、式内社に推定される神社である。



 祭神は溝咋玉櫛媛命・媛蹈鞴五十鈴媛命



 例大祭は4月9日(春祭)・10月14日(秋祭)



 元府社である。



今までに訪ねた神社をまとめました。

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2012年05月01日 Posted by かるの at 14:03Comments(0)TrackBack(0)神社探訪

徳川将軍、お好みは細面…歴代正室は逆三角形顔



 東京・上野の寛永寺にある徳川家墓所の改葬に伴う発掘調査で、把握できた歴代正室の顔は全て細長く、顎が小さい逆三角形型だったことがわかった。

 出身の皇室や貴族の特徴とみられる。貴族以外からこし入れした側室にも同じ傾向があり、当時の「美人顔」として好まれたとみられる。

 徳川家墓所は、同寺と東京・芝の増上寺の両菩提 ( ぼだい ) 寺に造営されている。寛永寺での調査は2007~08年に行われ、9代家重、10代 家治 ( いえはる ) 、12代 家慶 ( いえよし ) 、13代家定の正室4人と、6代 家宣 ( いえのぶ ) から12代までの間の側室8人、生母2人、娘1人の計15人の頭骨を測定した。

 正室の頭骨のサイズは江戸庶民や現代の女性とほぼ同じだが、〈1〉逆三角形型〈2〉顔が細長い〈3〉鼻筋が狭く高い――などの「貴族的特徴」があった。増上寺の徳川家墓所調査(1958~60年)の報告書でも、6代、11代 家斉 ( いえなり ) 、13代、14代 家茂 ( いえもち ) の正室4人が同じ特徴だった。

 側室も、両寺の調査結果を合わせた12人のうち7人にこの特徴があった。残りの5人は、顎がしっかりした当時の江戸庶民に近かった。


(2012年4月10日- 読売新聞)
  

2012年04月30日 Posted by かるの at 14:17Comments(0)TrackBack(0)人物伝

出雲大社の設計図原本公開 古代高層神殿の謎調査



 島根県の出雲大社は10日、宮司の蔵に代々秘蔵されていた、高さ約48メートルあったとされる古代高層神殿の平面設計図「金輪御造営差図」の原本を公開した。今後は島根県立古代出雲歴史博物館が、紙質や書き込まれた文字などから、描かれた年代を調べ、高層神殿がいつから存在していたのかなどの謎を解明するための調査を行う。

(2012年4月10日- 共同通信)
  

2012年04月29日 Posted by かるの at 14:16Comments(0)TrackBack(0)歴史史料

薬師寺東塔の素屋根内部を公開 110年ぶり解体修理



 奈良市の薬師寺で、約110年ぶりに解体修理される国宝の東塔(高さ約34メートル)を覆う工事用の素屋根が完成し、奈良県は10日、内部を報道陣に公開した。東塔は奈良時代に創建され、三重の塔の各層に「裳階」と呼ばれる装飾屋根が付いている。素屋根は7階建てで、高さ42・5メートル。各階の作業スペースを広く設けて解体部材を保管、夏の暑さを軽減できるよう、外壁シートの一部を網目状にするなど工夫を凝らした。

(2012年4月10日- 共同通信)
  

2012年04月28日 Posted by かるの at 14:15Comments(0)TrackBack(0)文化財保護