漏刻台:明日香・水落遺跡出土、水時計使用は短期間?
奈良文化財研究所(奈良市)による日本最古の時計・漏刻台(水時計)とみられる水落遺跡(明日香村飛鳥)で出土した銅管内堆積(たいせき)物の初調査で、水時計としては短期間で使われなくなった可能性があることが分かった。日本書記には、中大兄皇子(後の天智天皇)が660年に飛鳥の地に漏刻を造り、即位後の671年、近江大津宮(大津市)に漏刻を造ったとする記述があり、この記述を裏付ける可能性がある調査結果として注目される。
水落遺跡では72年からの発掘調査で、大型建物の基礎に、木や銅製の水道管などが見つかった。地下に埋まっていた銅管は木箱の中に漆で密閉・保管されていた。庄田慎矢研究員らが昨年4月から、漏刻台の基壇内から北側へ延びていた銅管(外径約12ミリ、内径約8ミリ、85年発掘)の堆積物を調べた。
その結果、堆積物は大きく2層に分かれ、そこに含まれるケイ藻の遺骸を調べると、下層には遺骸が含まれず、上層のみ遺骸を検知した。銅管は当初密閉され、光合成で増えるケイ藻がない地下水が流れていたが、ある時期に密閉が破られ、ケイ藻が増えたのが原因とみられる。近江大津宮に漏刻を造ったため、飛鳥の漏刻は放置され、やがて機能を果たさなくなったことをうかがわせた。
(2012年08月19日 毎日新聞 地方版)
2012年08月31日 Posted byかるの at 14:14 │Comments(0) │考古学(埋蔵文化財)
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