雷のような轟き、村をのみ込む波…220トンの“津波石”が語る



【過去からの警鐘 埋もれた巨大地震】
雷のような轟き、村をのみ込む波…220トンの“津波石”が語る
 サンゴ礁に囲まれた八重山列島・石垣島(沖縄県)の北東部。美しい浜辺に巨大な岩が無造作に転がっている。直径約9メートル、重さは約220トン。明和8(1771)年、島を襲った大津波によって打ち上げられた「津波石」だ。

 「これを運んできたのだから、相当な津波だったのだろう」

 津波石を研究する千葉工業大上席研究員の後藤和久さん(35)は、その大きさに驚く。「バリ石」と呼ばれる巨岩は、かつて約500メートル沖合に生息していたハマサンゴだ。

 当時の沖縄は琉球王国の時代。首里城(那覇市)への報告書「大波之時各村之形行書(なりゆきしょ)」には、標高85メートルの場所まで津波が押し寄せたと記されている。

 島内は8つの村が壊滅し、役所や寺院などがある中心部も大半が流失。死者は当時の島人口の半数近い約8400人に達した。宮古島などを含む先島諸島全体では約1万2千人が犠牲になったという。

 測量が不正確だった部分もあり、実際の遡上(そじょう)高は最大約30メートルとみられるが、それでも東日本大震災級の巨大さだ。後藤さんは「大規模なサンゴ礁に守られていなければ、もっと上がったはず」と、その威力を推し量る。

 形行書によると、津波が来たのは午前8時ごろ。地震に続いて東の海上で雷のような音がとどろき、潮が引いたかと思うと黒雲のような大津波が3回襲った。

 「逃れた先祖が夕暮れにここでたいまつをかざすと、生き残った人たちが集まってきた」

 島南東部の高台にある大岩の脇。近くに住む小浜(こはま)勝義さん(77)は、代々語り継がれてきた家の伝承を話し始めた。

 津波が来たとき、先祖の男性は大岩の近くで畑仕事をしていた。自らは命拾いしたが、村がのみ込まれる光景を目にし、家も家族も失って途方に暮れるばかりだった。

 そのころ別の村では、地震直後に「ナンヌンドゥクードー(津波が来るぞ)」と村人が騒ぎ出し、これを聞いて逃げ出した女性がいた。津波が来てからでは間に合わない遠くの場所まで避難し、九死に一生を得た。女性はその後、たいまつの男性と結ばれた。

 「地震の後には津波が来ることを村人はすでに知っていたようだ。だとすれば、それ以前にもこの島を津波が襲ったことになる」

 眼下に広がる太平洋を眺めながら、小浜さんはつぶやいた。

 石垣島の東海岸では、無数の津波石が点在する異様な光景も見られる。最も大きい「津波大石(うふいし)」は直径約10メートル、重さ約700トンもある。約2千年前の大津波で打ち上げられたという。

 津波石の年代測定から、島は数百年間隔で繰り返し津波に襲われてきた可能性が分かってきたが、その発生メカニズムは謎だ。

 明和の大津波も南東沖の地震による海底地滑り説と、さらに南の南西諸島海溝で起きたプレート(岩板)境界型の地震説がある。いずれもマグニチュード(M)8以上と推定されるが、政府はこの海域で巨大地震を想定していない。

 石垣市は東日本大震災の発生を受け、明和の大津波が襲来した4月24日を「市民防災の日」と定めた。今年は当日に学校や港で避難訓練を行う予定で、観光客にも協力を呼び掛ける。しかし、「ずっと昔の話だから津波はもう来ない」と話す市民もいるなど、防災意識の向上は道半ばだ。地元で大津波を研究する元気象台職員の正木譲さん(77)によると、平成10年に近海の地震で津波警報が出たときは多くの人が避難せず海岸へ見に行く人すらいたという。

 発生から240年。実在した巨大津波は「伝説」になってしまうのか。正木さんは「数百年間隔で襲っているのなら、いつ来てもおかしくない。明和の記憶を風化させないため次の世代に語り継ぎたい」と話した。(小野晋史)


(2012年3月19日- 産経新聞)



同じカテゴリー(地方文化)の記事画像
<ビリケンさん>私が「初代」です…大阪の男性が写真所有
富山、チンドンコンクール開幕 自慢の口上で笑いと元気を
那智の滝、台風で流された大しめ縄新調
名物「テキにカツ」球児の宿・水明荘が廃業へ
かがり火の下、幻想の舞 奈良・興福寺「薪御能」
タヌキ伝「まじめに」調査 徳島、パワースポットに?
同じカテゴリー(地方文化)の記事
 豪移民資料、常設展示へ (2012-10-16 14:17)
 助け合う海女さんの流儀 伊勢発の地域誌50号 (2012-09-17 14:17)
 <ビリケンさん>私が「初代」です…大阪の男性が写真所有 (2012-06-27 14:17)
 佐賀市に「シシリアン王国」建国 市長が国王に (2012-06-02 14:17)
 「荒城の月」悲運の城主、空白の26年を解明 (2012-06-02 14:17)
 富山、チンドンコンクール開幕 自慢の口上で笑いと元気を (2012-04-17 14:17)

2012年04月06日 Posted byかるの at 14:15 │Comments(0)地方文化

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
雷のような轟き、村をのみ込む波…220トンの“津波石”が語る
    コメント(0)