いろは丸「積み荷に銃なし」 沈没事件、NPO推測
▽竜馬、虚偽申告で賠償額つり上げか
福山市鞆町沖で沈没したいろは丸は銃を積んでいなかった可能性が高い―。
そんな海底調査結果をNPO法人水中考古学研究所(滋賀県守山市)がまとめた。いろは丸事件で坂本竜馬は、積み荷に銃があったとして多額の賠償金を紀州藩に支払わせたが「偽りの申告で賠償額をつり上げたとすれば竜馬の交渉の巧みさを示す逸話」としている。
水中考古学研究所が1988年から住民などとしている海底探査と、引き揚げた遺物の分析で結論づけた。鞆町沖に沈んだいろは丸の探査では、英国製の船室ドアノブなど、いろは丸であることを裏付ける遺物は発見されたものの、銃の部品や銃弾はまったく見つからなかった。
同研究所は紀州藩の航海日誌に着目。その記述によると、紀州藩船がいろは丸と衝突した直後、竜馬率いる海援隊は積み荷が米や砂糖だと説明していた。しかし、交渉の過程でいろは丸の船体価格を上回る最新式のミニエー銃400丁を積んでいたと主張が変わっているという。
吉崎伸理事長(52)は
「銃なら真っ先に申し出たはずで不自然。日誌によると竜馬がまず銃の存在をほのめかしており、交渉にたけていたとされる人物像を裏付ける内容」
とみている。銃を積んでいなかったという説は、16日に京都市である竜馬に関する講座などで発表するという。(野崎建一郎)
'10/5/8中国新聞
2010年05月08日 Posted byかるの at 11:14 │Comments(0) │歴史史料
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