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日本三奇橋「愛本刎橋」復元しよう…研究者が呼びかけ
実物の二分の一の大きさに作られた愛本刎橋の模型の前で説明する上野教授(黒部市歴史民俗資料館で)

350年前に黒部川に架橋され、明治中期まで残っていた日本三奇橋の一つとされる「愛本刎橋(あいもとはねばし)」を研究している職芸学院(富山市)の上野幸夫教授(55)が9月29日、富山県黒部市宇奈月町下立の市歴史民俗資料館で講演し、地元住民ら約50人が聴講した。上野氏は「橋の構造美は天下一で、世界に誇れる江戸時代の優れた技術」と語り、復元を呼びかけた。
上野氏によると、愛本刎橋は寛文2年(1662年)、加賀藩5代藩主前田綱紀の命で現在の黒部市の愛本峡に架けられた。川の氾濫や激流で流されないよう橋脚をなくした独特の構造で、橋台を両岸の急傾斜の深さ約11メートルの地中に埋め込み、てこの原理で長さ63・5メートルの橋を支えていたという。
架橋当時の古文書や絵図、明治時代の橋の写真は残っており、上野氏によると、和算を応用して左右対称に寸分狂わない設計がされている。「世界的にも算術が進んでいた当時の日本でも、英知を結集させて計算しつくし、不可能を可能にしたのだろう」と推察する。
橋は純木造のため腐食しやすく計8回架け替えられたが、明治24年(1891年)以降は異なる形状となり、昭和47年(1972年)には約65メートル下流に新しい橋が出来た。
上野氏によると、最近、岸に残った柱脚の跡も見つかり、正確な橋の復元が可能になったという。上野氏は「構造の緻密さでは全国的にも類を見ない。予算などの課題もあるが、貴重な史跡として地元から声を上げてほしい」と訴えた。
(2012年10月1日 読売新聞)