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掛川市「山崎家」購入へ 郷土の文化財保全

所有者事情で取り壊し危機「格調高い和風建築」

 明治天皇が地方巡幸で宿泊された旧家「山崎家」(掛川市南西郷)。近代和風建築様式を伝える貴重な建物が所有者の事情で取り壊される恐れが浮上し、市は21日までに購入する方針を固めた。郷土の文化財を守るための「緊急避難的措置」(同市幹部)。市議会の承認を得た上で旧家を敷地ごと取得する。その後に本格調査を実施して、文化財として保存するかどうかを決める。
 山崎家は江戸時代後期から明治初期にかけての建築。木造2階建てで床面積は約600平方メートル。ヒノキやスギ、マツなどの無垢(むく)材をふんだんに使っている。
 明治天皇が宿泊されたのは1878(明治11)年。同様の民家で現存が確認できるのは全国約20カ所。同市によると、県内には方広寺(浜松市北区)に移築された新居宿の飯田本陣があるが、完全な形で残るのは山崎家だけという。
 建物などの所有者は東京都内在住の子孫ら。横山茂さん(86)が長年、住み込みで維持管理を続けている。最近になって相続の関係で建物が取り壊される可能性が出てきた。
 掛川市は23日の市議会全員協議会で取得方針を表明し、12月定例会で正式承認を得る考え。土地を含めた購入金額は1億円以上になる見込み。
 地元の郷土史家や建築関係者の間に保存を求める声は大きく、和風近代建築を研究する材木店経営の和田厚さん(64)=同市掛川=は「山崎家は掛川の発展に重要な役割を果たした。格調高い建物を残すことは歴史的にも意義深い」と主張する。

維持に地域の支え必要
 近代和風建築は文化財調査が他ジャンルに比べて遅れ気味で、老朽化や開発のための取り壊しが急速に進んでいる。掛川市の事例は今後、県内関係者の注目を集めそうだ。
 山崎家は敷地内に長屋門や蔵、枯山水庭園なども現存する。近代建築が専門で以前に現地調査した土屋和男常葉大准教授(44)は「建物は当時最良の大工と材料を使い、保存状態も良好。敷地と一体で残っていることに価値があり、県指定や国登録の文化財レベル。県民全体で保護を考えるべき」と訴える。
 同市議会で取得承認を得たとしても、維持管理の方法には議論が必要。全国的には文化財をホテルや結婚式場などに活用して保存する例もあり、県教委文化財保護課の柴雅房主席指導主事(49)は「人を呼び寄せ、維持費を稼ぐ仕組みが大切。市民の協力を取り付け、地域で支える必要がある」と指摘する。

 山崎家 江戸時代の掛川藩御用達で、葛布問屋として財を成した。明治期に掛川町最初の町長を務めた当主・山崎千三郎は掛川銀行を設立し、茶産業に資金を供給した。東海道本線の路線決定や大井川の広域水利事業などにも尽力し、自らの財力を活用して産業殖産を推し進めた。


(2012/10/22 at-s)
  


2012年10月30日 Posted by かるの at 14:15Comments(0)文化財保護